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終わらない夢を描こう

好きなものを、好きなだけ。

成長という1ページ。

 

今月初めに舞台が始まってから、毎日たくさんのレポが流れてくるようになりました。講義の合間や移動中に、流れてくるレポを見たり、検索をかけてその日の公演の様子を知るのが最近の唯一の楽しみなのですが、なかには”ああ、見なきゃよかったなあ”と思ってしまうものもあって。

 

贔屓目なのは重々承知しておりますが、わたしが最近Twitterを見ていて思うのが「みんな廉くんに対してちょっと厳しすぎない…?」ということです。今年本格的に廉くん担になり、得る情報量が圧倒的に増えたので、当たり前のことなのですが、それでも以前よりは確実にオタクからの辛口な発信が増えたなあという印象を受けます。

 

ここでわたしは問いかけたい。

 


「変わることってそんなに悪いことなの?」

 

「そもそも変わるって何?」

 

 

みんな廉くんは変わったと言うし、確かに本人も内面や見た目など変わった部分はあると思う、と言っています。わたしも廉くんの中に変わった部分はあると思います。

 

でも、みんなはどうしてそんなに変わったことを責めるんだろう。

 

これはわたしの持論になってしまうのですが、みんな変わってしまうことが”怖い”から、執拗に昔の雑誌を引っ張ってきたり、昔の番組内での発言などを引用したりして「あの時はこうだったのに」などと言ってしまうのではないかなあ、と思います。

 

確かに、人に限らず、何かが”変わってしまう”ことは時として怖いことです。だって、今までずっと心地よかった、自分好みな場所やモノ、ヒトが、段々と、あるいは急に、全く違う”何か”になってしまった時、違和感を覚えたり、不安を感じてしまうのは当たり前のことです。

 

こんな偉そうなことを書いているわたしも、さまざまな変化に弱いタイプですし、廉くんの成長を”成長”として受け止められないことも時にはあります。

 

でも、その成長や変化を根本から否定するのは、絶対にしてはいけないことで。だって、どんなに成長しても、どんなに変化しても、廉くんは廉くんだから。

 

一見するとスマートに見えるけど、実はちょっと不器用で。でも真っ直ぐで、一生懸命で、頑張り屋さんな廉くん。わたしは、最近の廉くんの変化は、この廉くんの真っ直ぐさが故なのかなあと思います。彼の中にはきっと、何かをやるとしたら「0か100か」しかないんだろうなあと。だから、色々と勘違いされてしまうこともあるし、時には危ういこともしてしまう、応援する側は気を揉む毎日です。

 

でもまだまだ17歳。言い方は壮大ですが、こんなの、彼の歴史のなかの1ページにしか過ぎません。いつか、時が経って、もしかしたらデビューして、昔の映像を見た時に「この時の廉くんはちょっと尖ってたね(笑)」「こんな時もあったなあ…」ってみんなで言い合えたら、それで良いなあと思う今日この頃です。